川越には関東七名城の一つである、川越城があります。
川越城は別名、河越城、初雁城、霧隠城といわれていますが、川越市民の方は「本丸御殿」と呼ぶことの方が多いかもしれません。
長禄元年(1457年)に、扇谷上杉持朝が家臣の太田道真・道灌父子に命じ築城させたお城で、扇谷上杉氏は古河公方足利氏(しげうじ)と対立しており、足利氏に対抗する城として築かれたものです。
川越城跡には本丸御殿の一部が残っていて(本丸御殿:1848年(嘉永元年)に当時の藩主・松平斉典(まつだいら なりつね)が造営したもの。)、この本丸御殿は現在、玄関・広間部分と移築復元された家老詰所を残すのみですが川越城唯一の遺構となっていて、大変貴重です。
御殿建築が残っているのは少なく、江戸からの城郭 本丸御殿が現存している例では川越城と高知城だけだそうです。
蔵の町・川越を代表する文化財として一般公開されていますので、川越にお越しの際には是非お立ちより下さい。
ちなみに、城跡自体は1925年(大正14年)3月31日に埼玉県指定史跡となっています。
ところで、川越市役所から川越博物館へ向かう中ほどに、川越城の空堀が残っています。
この空堀は、明治以降に次々と川越城の空堀が姿を消す中で、唯一原形に近い形で残っている堀跡で「中ノ門堀跡」と呼ばれています。
「中ノ門堀跡」は、敵の直進を妨げるために作られた防御施設です。川越城の姿を現在に伝える貴重な遺跡であるため、現在、川越市では保存の整備工事が進められているそうです。
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整備工事の看板です
川越にお立ちよりの際は、本丸御殿や中ノ門堀跡の観光もオススメですが、明治35年より100余年続いている東洋堂もよろしくお願いします。